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古市憲寿がピースボートで世界一周してみたルポ『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』【本感想】

 

 ピースボードという船をご存知だろうか?居酒屋飲食店等によく貼ってある「地球一周の船旅」みたいなポスターである。格安の値段で世界一周ができるとのことで有名な船である。しかし、その実態が実はいわゆる「左翼」船であるとは知っていただろうか?「平和」と「環境」を理念に掲げて旅をしているのだ。まさに「PEACE BOAT」だ。

 そんなピースボートに、最近話題の社会学者、古市憲寿さんが乗ったルポがこの『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』である。ピースボートってどんな船なの?ピースボートに乗るような人はどんな人?といった疑問から、若者の「コミュニティ」や「あきらめ」までが本作に組み込まれている。

 

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(引用:『国際交流 船旅|国際交流のピースボート』)

 

 このポスターが町中に貼られている理由は、3枚貼ると乗船賃が1000円割引されるからである。3000枚貼ればピースボートにただで乗れてしまう。これを「完クリ」というとか。

 

ピースボートってどんな船?

 「ピースボート」とはどんな船なのだろうか?3〜4ヶ月かけて世界一周する船だが、基本的に「左翼」な考え方を理念としている船である。ホームページをよく見てもらうとわかるが、よくよく見ると「脱原発」や「憲法9条」などの言葉が散見される。

 そもそもピースボートは、国会議員で民主党の辻元清美議員が早稲田大学時代に始めた活動に起因する。政治色はもともとかなり強い。

 実際に、古市さんの乗船中も「9条ダンス」や「お郷ことばで憲法9条」なんていうイベントを目撃したとか。「9条ダンス」が気になる人はYouTubeで調べてもらえば動画が発見できる。見てみた感想としては、意外と普通のダンスでそれほど面白みはなかった。後半部分は結構激しめで、練習をかなりしたんだろうなとは思った。パレスチナ難民キャンプや各寄港地でも披露されたとか。

 「お郷ことばで憲法9条」は、乗船員が各地方の方言で憲法9条の条文を朗読するというイベントである。例えば岐阜出身の人だったら、

「岐阜は日本のへそ。高山ラーメン、白川郷、下呂温泉。岐阜はいいところやなあ。そんなところが戦争でなくなったら嫌やな。そこで憲法9条」と言った具合とのこと。そして、方言による憲法9条の朗読が続く。

 

どんな人たちが乗ってくる?

 では、どんな人たちがピースボートに乗ってくるんだろうか?やはり、左側思想の人が多いんだろうか?というと実は意外とそうでもないらしい。 作者はピースボートに乗ってきた若者を4つのタイプに分類している。「セカイ型」「文化祭型」「自分探し型」「観光型」である

 「セカイ型」は、ピースボートの理念に完全に共感しているタイプの人間。世界平和に強い興味があり「憲法9条ダンス」を踊ってしまう。

 「文化祭型」は、ピースボートの企画するイベントにも参加するがその理念には全く興味がないタイプの人たち。政治的なものに関心はない。「憲法9条ダンス」を踊るけどダイエット目的。

 「自分探し型」は「世界平和」や「環境問題」には興味があるが、「憲法9条ダンス」のようなピースボートのやり方には疑問を持っているタイプ。雰囲気に馴染めずピースボート内での政治的主張はどんどんとしなくなっていく。

 「観光型」は、ピラミッドとマチュピチュが楽しみ。

 

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(出典:『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』)

 

 この絵は古市画伯本人によるものである。イラストが上手。

 実際にアンケートを127人にとってみたところ、「セカイ型」が37人、「文化祭型」23人、「自分探し型」が27人、「観光型」が40人だったとか。あまり人数に偏りがなく、意外と「セカイ型」が少ない。

 作者はこれらに該当しない「研究型」である。このデータをもとに東京大学大学院の修士論文を書いて、本まで出版している。

 老人も多くの人数がこの船に乗っている。これは、完全にピースボートが「安い船」だからとの人が大半だとか。

 ちなみに、作者が船内で学力テストを実施してみたらしい。総受験者は122人で、憲法9条の条文の穴埋め問題を出したところ、正解できたのは3人だったとか。

 

「あきらめ」の大切さ

 ピースボートでの経験を通じて、今の若者の現状や大人のあり方についても説いている部分がある。「あきらめ」の大切さだ。

 

「夢はあきらめなければ必ず叶う」

「どんなに苦しくても夢をあきらめないで」

 誰もが一度は耳にしたことのある言葉ではないだろうか。ちょうど今もテレビで元オリンピック選手が「若者たちには夢を追うことの大切さを知って欲しい」というようなことを語っていた。素晴らしいメッセージじゃないか、若者が夢を追って何が悪いかと思うだろうか。

 確かに僕たちは、総理大臣にも、歌手にも、モデルにも、野球選手にも、弁護士にも、社長にも、「夢をあきらめなければ」何にでもなることができる。本当にそうだろうか?「何にでもなることができる」というのはあくまでも可能性の話だ。あまりにも当たり前のことだが、「誰もが」夢を叶えることができる訳では決してない。

 夢を追うことは若者の特権?確かにそうかもしれない。しかし、夢を追い続けてボロボロになってしまった30代の若者がいたとしよう。あなたは彼・彼女に対して責任を取ることができるのだろうか?え、それは自己責任だって?

(出典:『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』)

 古市さんの特徴の鋭く厳しい指摘は 、ここでは夢をあきらめさせない「大人」たちへと向けられる。

 

 というわけで『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』を紹介した。作者は一切、左側の思想はなく基本的にかなり冷めた目で、客観的にピースボートを分析しているのでこれからもし乗ろうと考えている人には、船の雰囲気がわかる参考書になるだろう。変に理念に共感しきっていない。

 一生乗る予定がないけどどんな船か気になるとか、ただの古市さんのファンだという人にもオススメの一冊である。